阪急の旧型車達 その1…木造車(2)

No.20:68番

 
t-080304_1947^08_x001_池田_mc68.JPG
 
池田駅での68番  撮影者不明
51型の第二陣として63番〜74番が大正10年(1921年)4月に梅鉢鉄工所で新造され神戸線に投入されました。端面が卵型では無く軽く湾曲した平妻になり運転台窓が三枚窓になりましたので63形として別形式で呼ばれていますが性能は51番〜62番と変わりません。 900形が登場した昭和5年(1930年)に51形の後を追いかけるようにして全車宝塚線に引越ししました。小型車時代の宝塚線では宝塚側に51形を、間に付随客車化された1形を挟み大阪側に63形と言うような編成がよく見られた物でした。電装品や空気周りは全てアメリカのGE製、台車はブリル27−MCBで、51番〜62番と同じく舶来品の塊でした。ちなみに大阪(梅田)〜神戸(上筒井)間の所要時間は、開通の時(1920年7月16日)は60分で五日後の7月21日からは50分だったそうです。
写真は終戦後の一番物の無い時代に写したものと思いますが、当時板ガラスがとても貴重品で窓ガラスが割れると板等で代用するのが常でしたが、阪急は小さなガラスを桟で繋いでまでして嵌め、ガラス代わりに板を張ることは決してありませんでした。少しでも快適な乗り心地をと、乗客サービスを最優先に考える阪急マンの気構えがそうさせたのだろうと思います。
 
(1/92)
_______________________________________
 
≫阪急の旧型車達 その1…木造車(2)の目次?
≫No.19:宝塚線の雄55番
≫No.21:86番

≫阪急電車の旧型車達の目次
≫写真帳目次
≫トップ


添付ファイル: filet-080305_1940^01_x002a-1_池田車庫_mc86.jpg 35件 [詳細] filet-080304_1947^08_x001_池田_mc68.JPG 34件 [詳細]

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-03-22 (土) 23:34:38 (4106d)