今までに掲載した今日の一枚 No.562: 2007-10-29(月)

山電スナップ:歌敷山駅跡で3000を

歌敷山駅は小さな駅でした。姫路方面のホームは枕木を組んだ上に板を張ったものでこじんまりした上屋があり兵庫方面行きは盛り土で上屋の無いホームで、国鉄払い下げの63系の700型二両が停車すると一杯一杯だったと覚えています。青いシートのあるあたりに構内踏切があり各ホームの入り口に掘っ立て小屋同然の改札口がありました。線路の北側はこの辺りで唯一見られる農地ですが、移転計画当初拡張用の用地にと交渉したが地権者のけんもほろろな態度に見切りをつけて現在地へ移転したそうです。
歌敷山駅は舞子ビラに最寄の駅でした。舞子ビラはもともと明治天皇の弟の有栖川宮の別邸でして、それ故に山陽鉄道(現山陽本線)が開通に際して舞子駅を開業したと想像できます。山陽電鉄の前身の兵庫電軌が開通に際して山陽本線沿いの西国街道に線路を敷設する許可を申し出た所、風致を害すると宮内庁からクレームがつき止むを得ず五色塚古墳のところで急カーブして別邸の北側を通る現ルートになったと聞いたことがありました。
3000+3001+3600はオールアルミ車ですが現在では山陽電鉄の最古参です。1964年12月に三両編成で登場、ロングシートながら兵庫〜姫路間の特急専用車になり1965年にローレル賞を貰っています。当時JNRのクハ113で一躍脚光を浴びた高運転台と曲面ガラスを採用した独特の風貌がとにかくとても目立ちました。全線に渡り小さな踏切が多く『山陽電車名物踏切事故』と言われるぐらい踏切事故が多発していましたのでこのスタイルは納得の行く物でした。正面の赤帯は太い物に変わっていますが側面のは新製当時そのままで、3000と3002の二編成だけがこのスタイルです。
 
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歌敷山駅跡を通過する姫路行き3000+3001+3600 2005年4月23日
 
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Last-modified: 2011-12-01 (木) 13:14:41 (2697d)