「大和小泉辺り」

王寺から奈良までの間は奈良盆地の真っ只中を直線に近い線形で突っ切ります 大和郡山奈良間に多少深いカーブがあるぐらいでアップダウンも殆どありません 西に信貴生駒の山並み東に菩提山や春日山の山影を望んで田園地帯が続き 集落と思しきところには寺院の五重塔が垣間見える実に奈良らしい景色の連続でした 景色を遮るものと言えば近鉄橿原神宮線の築堤ぐらいですか これが当時の奈良盆地の風景でした 新興住宅地及び工場の建て屋や高架道路の橋脚が林立する現在の奈良盆地とは雲泥の差といえるほど雰囲気に違いが有りました ここではそんな奈良盆地の空気を味わっていただければと思っています

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キハ17 1970年2月法隆寺大和小泉間にて
キハ17二両とキハ58の連結です たまたま普通列車でしたが こう言った一瞬首を傾げたくなる編成が関西線の名物になっていました

 
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キハ35 1972年4月大和小泉大和郡山間にて
大和小泉から大和郡山にかけて金魚の養殖池が線路の左右に広がります 池といっても田圃の中に作られるのが普通で 鳥よけの網がかぶせてあればそれと判りますがそうでない場合遠目には田植え前の水を張った田圃と区別がつきません

 
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キハ58 1972年4月大和小泉大和郡山間にて
上掲の写真と同じ場所での急行『かすが』です 名古屋行きは急行でしたが湊町方面行きは普通列車でした 湊町奈良間では乗客が殆ど無く常にがら透きの状態でした

「D51ミステリー列車伊賀号」

休日に関西線を主にした行き先を公表しないミステリーイベント列車が運行されました 『D51伊賀号』です 1973年の9月に湊町奈良間の電化を前にさよなら列車が走りましたが結構人気が有りました 奈良区のD51が牽引し旧型客車編成のものや12系客車のものもありいずれもどの線区を経由するかが伏せられていました 

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D51885牽引のD51伊賀号 1972年4月王寺にて
湊町発の亀山?方面行きのD51伊賀号です 伊賀号のイベントの中に後部補機を連結しての加太越えがありました 旧型客車に乗って蒸機の引っ張る加太越えを経験する 蒸機の煤煙の味を嫌というほど舐めさせられている小生は真っ平御免ですが 子供達にとっては胸ときめく出来事だったのですね 列車の窓は全て開かれ子供の顔で鈴なりの状態でした

 
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D51831牽引のD51伊賀号 1972年5月大和小泉大和郡山間にて
このイベント列車の成功が 梅小路の蒸気機関車動態保存の道を開き 更には今日盛んに行われているイベントSL列車運転のお手本になったといえます

 
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D51831牽引のD51伊賀号 1972年5月大和小泉大和郡山間にて

 
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D51831牽引のD51伊賀号 1972年5月大和小泉大和郡山間にて


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Last-modified: 2006-05-17 (水) 22:37:29 (4756d)