日替わり徒然写真コーナー No.160 平成20年5月10日号

思い出の阪急旧型電車達 その78:今津線時代の922番

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今津線門戸厄神付近を西宮北口に向かう922番 1975年2月 古鉄春秋氏写真 
920形が今津線に進出しだしたのは1967年頃からだったのではないでしょうか。宝塚線を追い出された小型車が集められた今津線では、朝の通学通勤時間帯には殺人的なすし詰め電車が常態化していました。1955年から沿線にある高等学校へ通学しておりましたが、その混み具合は未だに同窓会で話題に上ります。
1960年過ぎぐらいから当時宝塚線の主力だった広幅の小型車610形が進出して来だして4両連結で運行されるようになり混雑が少しずつ緩和されるようになりました。電車線電圧昇圧の年の1967年には500形などの小型車が能勢電鉄へ移動し、610形も伊丹線と甲陽線の専用車がでたりした時点で、中形車600形が集中配備されて今津線の車両は全て中形車となり、1968年頃から更新工事を受けた920形も進出するようになりました。1971年ごろから600形の運転機器が撤去されて中間車への転用が始まり、920形が主力となりました。
610形が今津線から姿を消した1975年頃には、今津線の6両連結運用が始まっておりまして、写真は4両連結運転の最終期の姿ではなかったかと思います。競馬急行や神戸宝塚間普通電車で920形が不定期に今津線に姿を現すことはありましたが、本格的に920形が今津線に進出した事は画期的でして、宝塚ー大阪間に西宮北口経由の準急が誕生し、6両連結で運転されたのですが、宝塚〜大阪間の所要時間を宝塚線経由より5分余り短縮し、今津線の通勤対策に大きな効果を挙げたようでした。
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Last-modified: 2011-12-01 (木) 13:14:44 (2757d)