日替わり徒然写真コーナー No.189 平成20年6月12日号

思い出の阪急旧型電車達 その107:381番

h=080612_1960^0918_ys040-11_仁川_mc381+mc502+t307+mc503.JPG

(写真をクリックすると1024pxに拡大します)
 
381番他 1960年9月18日 今津線甲東園ー仁川間にて 古鉄春秋氏写真
昭和11(1936)年10月に神戸の川崎重工で竣工した宝塚線用全鋼製車です。380〜385番の6両が増備されました。両運転台電動車で320形とよく似ていますが、住友の鋳鋼台車KS33Lを履き、82kwのモーターを4機搭載し、電気的に300形や600系を継承した320形とは比較にならない強力車両でして、後に登場する500形の先鞭をつけた電車と言えます。車体幅が320形より50mm広がり2m50cmとなり、平形ウインドシルもこの電車から導入された物でした。320形とは連結運転が出来なかった為、380形同士の3連で主に宝塚線急行に活躍しましたが、500形の登場で、500形の梅田側先頭に増結されての3両連結運転が主体となりました。戦後の1950年頃からの宝塚線利用者の急増で、付随車化された木造車や300形を挟んだ500形と5両編成を組んで活躍しました。
昭和28(1953)年宝塚線専用の広幅車体の610形の新造に当たり、500形と共に台車を含め全ての機器類を610形に譲り、廃車木造車のBW78−25AA台車に履き替え、ブレーキもATJ方式の物に変えて両運転台式の制御付随車になり、主に320形との連結運転で箕面線や今津線で使用されました。昭和31(1956)年に310〜315番が付随車化された際に電装を譲り受けて再度電動車となり、これも性能低下工事を受けて今津線に流れてきた500形と組んで4両連結で、また300形を挟んだ3連で今津線を主な仕事場とするようになりました。その後昭和50(1975)年3月一杯まで阪急の線路上で活躍しました。
写真は今津線の甲東園ー仁川間の勾配を上るmc381+mc502+t307+mc503ですが、当時の今津線で一番ポピュラーな編成でした。車内照明も白熱灯で、380形と500形はグローブ灯そして300形は鈴蘭灯で、神戸線では蛍光灯照明が幅を利かせていた当時、今津線は未だ未だローカル線だったようです。この当時の運転頻度は今津ー宝塚間電車が15分間隔、西宮北口ー宝塚間電車が15分間隔で、西宮北口ー宝塚間の駅では7〜8分間隔で電車が来ていたと覚えています。
(1/1117)
_______________________________________
 

≫徒然写真コーナーの目録
≫今日の一枚の一覧
≫日替わり写真コーナー『今日の一枚』6月12日
≫写真帳目次
≫トップ


添付ファイル: fileh=080612_1960^0918_ys040-11_仁川_mc381+mc502+t307+mc503.JPG 171件 [詳細]

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2011-12-01 (木) 04:14:45 (2543d)