日替わり徒然写真コーナー No.198 平成20年6月21日号

思い出の阪急旧型電車達 その116:甲東園での514番他

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(写真をクリックすると1024pxに拡大します)
 
514+22+515番の三両編成 1957年5月 今津線甲東園にて 
512〜521番の10両は1940年12月に竣工した第2次車です。第1次車同様神戸の川崎重工で製造されました。第1次車とは台車に変化があり平軸受けの住金製KS33LH5を履いた点が異なる位で、他はなんら変わりありませんでした。
写真は高校時代に愛用の二眼レフカメラで写した6X6版ネガからスキャンして1024X768pxにトレミングした物です。1954〜1959年頃の今津線ではこんな編成が主流でして、この写真を見ると当時が懐かしく思い出されます。
苦楽園口から上ヶ原にある県立高等学校に通学していた時代、西宮北口駅で今津線に乗り甲東園駅で降りたのですが、殺人的詰め込み電車でした。門戸厄神に神戸女学院大学と高校そして清和女子短大、甲東園に小生が通っていました県立高校と報徳学園高校と中学、仁川に関西学院大学と高校中学小学校、小林(おばやし)に聖心女子学院高校中学小学校とひしめき、おまけに通学時間が重なっていました。今津から来る電車は既に満員の状態でしたので、西宮北口仕立ての電車に乗るのですが、ホームに溢れんばかりの学生を捌くのには小型電車の三両連結では荷が可也重かったようです。通っていました高校は頭は丸刈りで制帽を着用し、冬場は詰襟の黒の学生服が、夏場は白の開襟シャツが正装でしたが、むさいカッコをしていましても高校生ですので結構色気づいておりまして、女子大生は口紅を付けられそうなので敬遠し、もっぱら同じ学校か神戸女学院の女子高生をターゲットに出来るだけ側に乗るようにして、背中に押し付けられた女子高生の胸のふくらみを感じた時など股間の膨張を必死になってこらえながらも感触を楽しむのに一生懸命になったものでした。三扉なので降り易い所為か乗り心地の悪い中間付随車に乗る女子高生が多く、それを狙ってか男子高生も多く乗り編成の中で最も混む車両ではなかったでしょうか。何年何組の誰それはいい胸をしていたとか、誰それはお尻が柔らかくて大きくグラマーだったとか、年に数回開く女子禁制の70歳が至近の連中ばかりの同窓会で未だに話題に上ります。
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Last-modified: 2011-12-01 (木) 13:15:00 (2757d)