日替わり徒然写真コーナー No.237 平成20年8月1日号

思い出の阪急旧型電車達 155:850番

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六甲駅に近づく850番 1970年8月1日
大阪万博の年の1970に六甲駅の東方で写した写真です。
1967年10月4日に実施された神戸・今津・伊丹・甲陽各線昇圧で西宮車庫から小型車が消え、宝塚線から移って来た610形や800形900形が小型車の代りも担う事になりました。1968年4月7日に神戸高速鉄道の開通で、神戸線特急電車の一部(実際には2本に1本)が山陽電車の須磨浦公園まで、他は高速神戸か新開地まで乗り入れるようになり、乗り入れが出来る車両が2000形及びそれ以降の新型車両に限られた為に特急運用から完全にはずれ、900形を挟み込んだ六両編成で神戸線の普通電車専用に、四両編成で今津線や伊丹線に進出、1969年8月24日に宝塚箕面線が1500V化された後は宝塚箕面線でも使用されるようになりました。
写真の電車は六両編成ですが当時の中形車(18米)の長編成の典型で1968年頃では先頭車が800形で中間に900形が挟まれる編成が当たり前になっていました。1968年に登場した5000系の増備で新型車両のウエイトが大きくなるにつれ、二扉で乗降に時間のかかる点や加減速性能の劣る事がダイヤ編成上のネックと看做される様になり、1969年11月末の宝塚線梅田駅が新駅に移転してからは宝塚線の全電車が八両編成になったことから、中形車は再度西宮に集まり一部は六両編成のまま神戸線に1975年頃まで残りましたが、四両編成や二両編成に再編されて伊丹線や甲陽線で使われるようになりました。
甲陽線の各駅のホームと構内配線の改良工事が完了した1982年には甲陽線にも19米車が入線するようになり、これを機に610形800形900形が全て廃車になり、一世を風靡した18米車が阪急線上から姿を消しました。
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Last-modified: 2011-12-01 (木) 13:14:37 (2757d)