日替わり徒然写真コーナー No.261 平成20年8月29日号

思い出の阪急旧型電車達 179:苦楽園口駅での867番と866番

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苦楽園口駅で交換する867番と866番他 1975年7月 古鉄春秋氏写真
814形は810形と違い他形式車両との昆結運転が可能でしたので、神戸線の1500V昇圧に際して六連八連運転を目指してHSC電磁直通ブレーキ化が図られました。その後暫くは818形や820形等と六両編成を組んで神戸線の特急として活躍しましたが、1968年4月7日の神戸高速鉄道との相互乗り入れ開始によって、2000形以前に製造された車両の乗り入れが制限された為に三ノ宮折り返し運用に限定されもっぱら各駅停車運用になりました。
1969年8月24日の宝塚線の昇圧工事完了後は、宝塚線の線形が可也改良された事もあって、宝塚線の混雑緩和の為に大型車両による六連運転が図られ再度810形が集結、1970年頃までは急行に各駅停車にと使用されましたが、二扉車なのが不便な為に1971年から客用扉の三扉化が進められ、同時に前照灯が二灯形のシールドビームに取り替えられました。この時に810形車の制御装置の共通化も実施されて全ての810形が連結運転可能になり、宝塚線の大型車による八両編成運転が始まりました。
1975年中頃までは全車宝塚線に在籍しておりましたが、1975年頃から始まった610形の休車によって、その穴を埋めるべく再度西宮車庫に移動、四両編成で今津線・伊丹線に、二両編成で甲陽線で使用されようになりました。写真は甲陽線に初めて姿を現した日の夕刻のラッシュ時に苦楽園口駅での交換風景です。バックに見える丸い山は西宮のシンボル甲山(かぶとやま)で、度重なる山火事で前景半分が禿山になっていました。当時甲陽線は、朝ラッシュ時は10分間隔、夕刻のラッシュ時は12分間隔、それ以外は15分間隔で運転され、朝夕は二編成が入り、それ以外の時間帯は一編成のピストン運転でした。
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Last-modified: 2011-12-01 (木) 04:14:09 (2547d)