芝山隧道辺り

現高井田駅と河内堅上駅の間の丁度真ん中辺りで芝山が北向きにぐっとせり出し、大和川が山を迂回するように蛇行します。関西線は山を串刺しするような格好で最短距離をとります。ここに穿たれた隧道が芝山トンネルです。その辺りで撮った写真を4枚貼りました。
3_柏原_10_dc055+051+025+051+055_準急かすが_19590503.jpg
キハ55と51混結の準急『かすが』 現高井田付近 1959年5月3日 古鉄春秋
キハ55+キハ51+キロハ25+キハ51+キハ55、これが当時の準急『かすが』の標準的な編成でした。キハ51は車内が狭くお世辞にも乗り心地の良い車ではなかったので、乗った車両によって快適さにかなりの違いがあったようです。競争相手の近鉄の名阪特急は既に冷房化されていましたので、サービス面では可也の格差が生じていました。 

 
3_柏原_11_035dc_197204.jpg
キハ35快速列車 高井田付近 1972年4月
キハ35系四両の前にキハ58系四両が連結されていますが、恐らく王寺駅で二つ以上の列車を合体したものと思います。既に電化工事が始まっていました。高井田駅は開業がJR化直前の1985年8月29日でこの写真当時は未だ存在しません。
柏原を過ぎて大和川沿いに奈良方面へ向かう列車は色々な形のキハを連結した長編成のものが多く、少なくとも一時間に一本はそんな列車でした。

 
3_柏原_012_dc055+051+025+051+055_準急かすが_19590503.jpg
大和川橋梁を渡る準急『かすが』 現高井田付近 1959年5月3日 古鉄春秋
芝山トンネルの柏原側の口です。準急列車は上り名古屋行きで、この列車が走っているのは開通当初から使用されてきた線路で、下り線は複線化に際して建設されたものです。トンネルの断面や鉄橋の側道の有無等に差異が見られます。 

 
3_柏原_12_035dc_197204.jpg
大和川橋梁を渡る奈良方面行きキハ35四連普通列車 1972年4月 
芝山隧道の河内堅上側の口です。上掲の写真から13年経過した1972年の光景ですが、橋梁の向方に芝山トンネルの口が三つ並んでいますが、一番右の使われていないのが開通時の物で橋梁は既に撤去されています。真ん中の列車が出てきたのが複線化の際に掘られたもの、左側の一番大きいのが電化に際し新たに掘られたもので、橋梁も新しく架けられていました。

≫電化前の関西本線天王寺柘植間の回想のトップ
≫電化前の関西本線天王寺柘植間の回想の目次
≫写真帳目次
≫トップ


添付ファイル: file3_柏原_11_035dc_197204.jpg 892件 [詳細] file3_柏原_12_035dc_197204.jpg 841件 [詳細] file3_柏原_012_dc055+051+025+051+055_準急かすが_19590503.jpg 1022件 [詳細] file3_柏原_10_dc055+051+025+051+055_準急かすが_19590503.jpg 1151件 [詳細]

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2011-12-01 (木) 04:14:38 (2541d)