木津駅には独特の雰囲気がありました

木津駅は関西線が奈良県から京都府へ入っての最初の駅で、奈良線片町線の分岐駅です。木津の町は今でこそ大きく開けましたが、この写真の当時は、木津川の土手下に、駅の西側にひっそりと肩を寄せ合う田舎町で、駅がとても大きく見えたものでした。駅の規模は大きかったのですがこの駅で乗り降りする人は少なく、いつも閑散としていました。 現在でも、側線が可也撤去されてはおりますが、駅舎等昔日の姿をとどめています。貨車の切り離し連結に構内をC58やD51やC11が行き来し、一日中蒸機のホイッスルが聞こえていました。

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C58-190牽引の荷物レ 1970年9月 
京都方面から来た奈良線の列車だったと思います。1番線に到着したところです。
この写真は1970年当時の木津駅の雰囲気を良く表現していると思います。1番線ホームは片町線列車用でもありました。片町線は正面奥の黒い小屋の所から左へカーブを切りながら出てゆきました。構内の配線上この1番線ホームにしか発着できないようになっていました。

 
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C58-190牽引の荷物レ 1970年9月 
上の列車を至近から写した写真です。このカマはヘッドライトがシールドビームの変わっている以外原形を保っています。ホームの老人は蒸気機関車が珍しいのか熱心に見ているようですね。当時の小生も同じ事をしていました。上屋は木造でしたが屋根の深い立派なものでした。又地下道が完備していました。それらが待合室を含めて今日に引き継がれています。

 
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1番線を京都方面に向けて発車するC58牽引荷物列車 1971年1月
片町線の線路から見た木津駅です。保線係の方はポイントにグリスを塗っておられました。この写真を見て思い出したのですが、当時の木津駅は片町線が一番線、奈良線が一番線と二番線、関西線が三番線と四番線と区別しており、上り下りの区別はしていなかったようでした。
荷物列車の後尾に繋がれているのはキハ58?回送車だと思います。

 
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4番ホームに停車中の荷レ牽引D51 1970年9月
4番線は関西線用でした。関西線の蒸気機関車牽引列車はD51の担当になっているようでした。そのデゴイチも集煙器や重油タンクを装備した重装備の機関車ばかりでした。

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Last-modified: 2011-12-01 (木) 04:14:33 (2547d)